大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山で、創建は正和四年(１３１５)と伝える。

大燈国師(だいとうこくし)が赤松則村(のりむら)の帰依を得て紫野に小庵を建立して「大徳」と名付けたのに由来している。

後醍醐天皇により「本朝無双の禅寺」として京都五山の上に置かれたが、当寺と対立する足利尊氏が政権をとると寺格が五山の下の十刹に置かれた。

永享三年(１４３１)、自ら五山を脱し「林下」と呼ばれる在野の禅寺として独自の宗風を築いた。(京都・観光文化検定試験公式テキストブック)

応仁の乱の大火で大徳寺も伽藍を焼失したが、江戸時代初期には伽藍のそのほとんどが再建されている。

現在、塔頭は境外塔頭二カ寺を含め二十四カ寺あり、大仙院、高桐院、黄梅院、三玄院、龍光院等戦国大名ゆかりの塔頭が多い。

又、「大徳寺の茶人面」と呼ばれるほど一休宗純、村田珠光、武野紹鷗、千利休など、茶の湯とのかかわりは深く、現在茶室だけでも四十七を数えている。

興臨院はこの大徳寺の塔頭の一つである。

利休の木像が置かれたと言う金毛閣に向かって左側に東門を構えている。

この興臨院は天文年間(１５３０年頃)に、大徳寺第八十六世の小渓紹怤(しょうけいじょうぶ)和尚を開祖として、師に深く帰依した能登の守護職畠山義総(はたけやまよしふさ)によって建立された。

寺名は義総の法名「興臨院殿伝翁徳胤大居士(こうりんいんでんおうとくいんだいこじ)」からとっている。

畠山義総は名城七尾城を築城した人で、義総が統治した当時の七尾城下は小京都と呼ばれるほど栄え、能登畠山氏の全盛期であった。

武将の名門であった畠山家が没落後は天正九年(１５８１)、加賀百万石の基礎を築いた前田利家公によって当院の修復がなされ、以後は前田家の菩提寺として今日に至っている。

本堂（客殿）は創建直後に焼失したが、すぐ再建され、現在の建物は天文二年（１５３３）頃のもので、室町時代の特徴をよく表している。

本堂、唐門、表門はいずれも重要文化財である。

この興臨院には昭和三年に尾道出身の実業家山口玄洞氏の寄進によって建てられた「涵(かん)虚亭(きょてい)」という名の茶室がある。

涵虚亭という名前は中国北宋時代の詩人蘇東坡(そとうば)の詩「涵虚亭」から名づけられており、「もしこの庵が花園や水辺に建てられたりしていたら、そちらの方に気をとられてしまうが、幸いここはこの庵しかないので、虚心にこの中に佇んで、偏(かたよ)らず万景の風情を感じとることが出来る所」といった意味である。

修行の始めはまず掃除ということが頷けるほど掃き清められた場内の中の、この茶室の設(しつら)えは、古田織部好みの四畳台目隅板付の茶室と四畳半の水屋からなっており、特徴は給仕口を入ったところが四分の一畳分の板敷きで半東(はんとう)が座っても邪魔にならないように空間を少し広げていることと、給仕口を入った右側の床の間に袖壁が出ているので洞床(ほらどこ)という形式となっていることである。

これは小堀遠州好みの作風でもある。

又、にじり口とは違って古田織部の考案と言われる間口の広い貴人口(きにんぐち)が設けられており、その分光の差し込む明るい感じの茶室になっている。

天井は貴人口の上の平天井、にじり口に取り付けた連子窓の上の化粧屋根裏天井、亭主の上の落ち天井と三つに分かれている。

茶道発祥の地で「茶禅一味」の芸術的な精神を標榜する大徳寺にあって、一休宗純のもとで参禅を重ね、わび茶の創始者と目されている村田珠光は「仏の教えは経典や僧侶の説法にだけあるのではなく、日々の何気ない一杯の茶の湯の中にも真理を見出すことが出来る」と述べている。

又、将軍足利義政に「茶の心とは何か」と問われた珠光は「茶は遊芸に非ず、謹敬静寂の精神を集中した静寂の境地にこそあり」と答えたと言う。

茶の湯の本質を禅の教えの中に見出した「茶禅一味」の極意を示したものであると言われており、これが「茶の湯とはただ湯を沸かし、茶を点てて、飲むばかりなる事と知るべし」とする千利休に受け継がれている。

この「涵虚亭」の茶室は現在ほとんど使われることはないとのことであるが、興臨院では毎月二十八日(千利休の月命日)に利休日のそえ釜として、表・裏千家の先生方による月釜がかけられている。

方丈前の庭は昭和の小堀遠州とも言われている中根金作氏の作庭したもので、蓬莱山から流れ出る一滴の水が滔々(とうとう)と流れる大河となって広がっていく蓬莱世界を枯山水で見事に表現している。

縁側に腰を掛けて庭を見ていると、いつの間にか仏の世界に誘われ、何物でもない素の自分に戻ったような気がしてくる。

大徳寺にはこの「涵虚亭」の他に山口玄洞氏の寄進によるものが「龍翔寺本堂・禅堂・庫裏他新築」「総見院禅堂新築・庫裏修理・隠寮(寿安)新築・唐門・本堂修理」「三玄院修理」「大慈院本堂修理・茶室新築」「正受院本堂・茶室新築」「大徳寺開山遠忌寄付」など数多くある。

玄洞氏の寄進は教育関係、社会事業関係、災害復旧事業、寺社関係等と多岐に亘っているが、寺社関係の寄進にあたってはその寺が由緒正しい寺であること、景勝地にあること、住職の人品が優れていることの三つを条件としたという。

山口氏にとって大徳寺もそのことを満足させるものであったのであろう。

尾道は江戸時代港を中心とした活発な経済活動を通じて「豪商」と言われる商人が出現していた。

その一つが橋本家で、質屋・両替商・塩田・新田開発・土地借家経営・金融・不動産を柱として分家「加登灰屋」でありながら本家「灰屋」を凌ぐほど大きく隆盛していた。

文化文政期の橋本吉兵衛（通称・竹下）は尾道町の町年寄など尾道奉行の下で要職を務め、全国各地で多くの死者を出した天保の飢饉に際して、橋本家の檀那寺である長江にあった時宗慈観寺の本堂の再建工事によって、多くの人に仕事の場を与え、その働きに応じた対価を支払うことで尾道から一人の死者も出さなかった話は今も語り継がれている。

近代では橋本吉兵衛（通称・静娯）が広島県下初の銀行である第六十六国立銀行（現在の広島銀行）を設立し、尾道の金融機関の運営の中心的役割を担い、時代と共に大きく発展・変貌を遂げていっている。

その橋本吉兵衛（通称・竹下）が建てた別業（別荘）が今も「爽籟軒(そうらいけん)」という名で尾道市久保町に残されており、粋と趣向を凝らした庭園や茶室は当時の尾道の繁栄ぶりや豪商を中心として花開いていた茶園(さえん)文化度のレベルの高さ・教養の深さを伺い知ることが出来る。

作られた当時は現在よりも広大な敷地を誇る豪邸で、頼山陽、神辺の菅茶山、豊後の田能村竹田、美濃の梁川星巌など当時の文人墨客達もたびたび訪れている。

その庭園内にある茶室「明喜庵」は江戸後期に作られ、京都の大山崎にある千利休の最高傑作と言われる国宝「妙喜庵待庵」の写しとして現在日本に数例しかない貴重な文化財である。

「爽籟軒」は市中にありながら山里で四季折々に様々な表情を見せる「市中の山居」であると同時に、港町尾道の特長を取り入れ、瀬戸内海の潮の干満を利用した池や長石を用いて海から小舟で客を迎え入れる船着場、茶室の脇に置かれた亀石など「海辺の庵(いおり)」といったイメージも持たせており遊び心に溢れている。

「爽籟軒」の「爽籟」とは爽(さわ)やかな瀬戸内の風の響きといった意味である。

平成十八年（２００６）六月、橋本家から尾道市に庭園用地と茶室が寄贈され、翌年四月に一般公開が始まり、五月には京都より裏千家の千宗室家元をお迎えして「明喜庵」の扁額の除幕式が行われ、茶室披きを執り行った。

以来尾道市が保存・管理事業を行っており、現在は休日限定で一般公開されている。

申し込みをすれば一般市民も利用出来、「明喜庵」で茶の湯を体験することが出来るようになっている。

「茶は服のよきように点て、炭は湯の沸くように置き、花は野にあるように、夏は涼しく冬暖かに、時刻は早目に、降らずとも傘の用意、相客に心せよ」とした利休の茶の湯の文化が脈々と尾道にも受け継がれ、裾野を広げていっている。